みどりの日

 今日はみどりの日。

 白山通りには、西片交差点付近に、千両、万両などが植栽されています。

 先月のこと、

ある日本庭園に出かけましたら、ある一角で苔や千両、万両の鉢が説明書きとともに並んでいました。

その前で若い女性達が、「千両と書いてあるけれど、昔の金額ではいくらかわからないね…」との会話が聞こえてきました。

あらら、金額ではなくて植物の名前…、と思いながら声に出す機会がないままでした。

お正月につきものの千両ですが、少し不安になってきました。

ある公園では、小学生の子どもたちがタデを「ラベンダー」と言っていたことも。

植物の名前を知ることが重要なこととも思いませんが、なんだか少し複雑な気持ちに。

一両  アリドオシ   蟻通

十両  ヤブコウジ  藪柑子

百両  カラタチバナ 唐橘

千両  センリョウ

万両  マンリョウ

 縁起として、「千両、万両、有り通し(蟻通)」と、正月の縁起物として生け花などによく使われます。

 庭園では、モッコクの根元にセンリョウとマンリョウを植えて、「千両、万両持ち込む」と言ったりもするようです。

 さて、この名前ですが、万両は、センリョウより沢山実が付く事から、マンリョウの名前が付いたようです。センリョウとマンリョウの見分け方としては、その実は、センリョウは葉より上の枝先に、マンリョウは葉より下に茎を出してその先に。
 では、一両、十両、百両は?
 それぞれの位置づけとしては、まず、百両のカラタチバナが、江戸時代に非常に高価で百両以下では手に入れることができないために、「百両金」と名づけられたというそうです、これに準じて実の量で名前が付けられたようです。

 現在、東京都と契約しています白山通りには、十両、千両、百両、万両とありますが、一両のアリドオシ、百両のカラタチバナはありません。これは、近いうちに揃えないといけないでしょうか…。ちなみに、名札を立てておきました。

 先日、小学生の男の子がその名前を口に出して読んでいましたが。

 

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シロバナタンポポ

本郷界隈、シロバナタンポポが咲く家があった。

この辺りの何件かの家の庭で、カントウタンポポやシロバナタンポポが咲いていた。

そのうちの2軒は、とうに建て替えで庭が無くなってしまった。

その家の工事中、そっとシロバナタンポポやカントウタンポポを抜いて、本郷給水所公苑に移植し、数年は花を咲かせていたが、そこの地も永遠でなく、また棲む場所を追われてしまい、自宅の庭に植えなおしたが、シロバナタンポポは花を咲かせなくなってしまった。

カントウタンポポと思われるタンポポも、遺伝子レベルで観ていないので、中間タンポポかもしれない。

さて別の1軒は空き地となって、数年はシロバナタンポポやカントウタンポポが咲く様子が観られた。移植、とも考えたが、根を下ろしているその地で咲いている方が、通る人が楽しめるだろうと思っていたら、あっという間に工事が始まり、タンポポの葉は消えてしまった。どうやら土地は2軒の家になるらしい。

仕方ないかもしれない。

移植したところで、私の自己満足にしかならないかもしれない。

本郷界隈に以前みられた草花は、どんどん姿を消していく。

人がそれを知ってか知らずか望んでいるのだから。

多様性を大切にとかビオトープネットワークとか言ったところで、多くの人は虫を好まないし、従来の価値観の元に雑草はいらないものとされ抜かれていくし、親が昆虫が嫌いで虫を飼えないとなげく子どもは公園でゲームに熱中している。

一見みえない繋がりを大事にしようと伝えることは、容易くない。

たいていは自分の好き嫌いでしか関わらないのだから、嫌いで関心のない人に、自分が好きで関心のあることに関して理解を求めるのは難しいし、その逆もしかり。それでも、異なる人と接すると、それはそれでとても参考になるので、なるべく話す機会を得た方がよいとも思う。

知っていることより知らないことにどれだけ想像力を発揮できるのか、

子どもの頃の小さな自然体験は、そんな想像力を育てる力にもなると思うのだが。

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河津さくら

本郷界隈、河津さくらが咲いています。

ここは、染井吉野もありますが、染井より先に、河津さくらが咲き始めます。

河津さくらは染井と違って、ぱっと咲いてぱっと散る花ではなくて、徐々に咲き始め、花の時期が長いさくらです。

見上げていますと、界隈のご老人も歩いていらして、しばし一緒に眺めていました。

辺りは、もう春まじかと。

のんびりして書きそびれていると、あっという間の夏かもしれません。

我家の庭の片隅には、カントウタンポポやフキ、ムラサキケマンなど春をとうに知らせてくれています。

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だいこん・かぶの花

06510_ibasyo_1

黄色い花は、かぶ。

白い花はだいこん。

「06.5.10 ibasyo (2).JPG」をダウンロード

写真の左はかぶの葉、右がだいこんの葉。

雑歩庵、居場所前に咲いている。

今日、雨の中、お父さんだろうか、小さな男の子と立ち止まっておしゃべり。

「いちょう、さんしょう・・・」男の子がつぶやいている。

銀杏の木と山椒の木の鉢が置いてあり、名札は立てていないので、男の子が、よく知っていると感心する。

小学校に上がる前だろうか。

二人は、隣に咲いていた、だいこんとかぶの花を見て、

「すずな、すずしろ・・・、かぶとだいこんだよ。ああ、春の七草だ」

お父さんだろうか、子どもに教えていた。

お正月に求めた、春の七草の駕籠植えで、そのまま育てていた。

ハハコグサが消えてしまい、ホトケノザは植え替えたら、すぐ消えてしまった。

今、すずな、すずしろが花を付けている。

子どもは、葉の形が違うことに気が付いたようで、

「違うねぇ~」と。

二人は、しばらく、花の色の違いとか、葉の違いをおしゃべりして、歩いて行った。

ふたつともアブラナ科である。

菜の花に似ているだろう。

さて、駕籠の中で育ち続けている、すずな、すずしろ・・・どうしようか。

しばらくこのままにして、変わり行く姿を見てもらおうかと思っている。

居場所前では、立ち止まっておしゃべりをしていく親子が多い。

学校帰りの児童も、金魚やめだかの成長を観て行く。

先日は、生きものが好きだという男の子が、詳しくメダカについて教えてくれた。

今週は、クレマチスが新しく仲間入り。

ひまわりの芽も出てきている。

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菊坂一葉の道 植物だより

道に自生するのは、タンポポ、ハルノノゲシ、ヤブタビラコ、ヒメツルソバ・・・、

路地に並ぶ鉢植えには、サクラソウ、ポピー、西洋オダマキ、ナデシコ、忘れな草、都忘れ、クンシラン、クレマチス、タツナミソウ、バラ、ボタン、芍薬、ナスタチウム・・・、

       大降りの0656花を付けた西洋紫陽花の鉢が並び、ハゴロモジャスミンが咲き始めた。

もう少しすると菊坂にはハゴロモジャスミンの香りが漂うだろう。

ハナミズキの花も咲いている。

狭い路地にそれぞれに工夫して植物を育てている。

雑歩庵にも、山紫陽花が仲間入りした。

まちのえ0653きと居場所に。

最近は、山紫陽花も園芸品種が増えたようだ。

西洋紫陽花も鮮やかで美しいが、私は山紫陽花も好きである。

目にするのは西洋紫陽花ばかりで少し寂しい気がする。

山歩きなどの折に、山にも関わらず西洋紫陽花ばかりが咲いている光景は、なんとも違和感を感じてしまうが、他の方はどう思うのだろうか。

白山通りの植栽に、先日何株かの山紫陽花を植栽した。

ひっそりと慎ましやかに咲く、山紫陽花に足を止める方がいると嬉しい気がする。

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チューリップ祭り

06422_3 菊坂一葉の道につながる路地で、今年もチューリップ祭りが開かれた。

路地に暮すおばあちゃん達が中心だが、路地にござを敷き、それぞれが持ち寄ったご馳走で宴会が開かれる。

今年でもう何年目だろうか・・・。

路地に咲くチューリップの花を愛でながら、今年お集まりの皆様、お酒で頬を染めながら、おしゃべりにも花が咲いた。

雑歩庵スタッフも呼ばれ、ご馳走を堪能。

この路地には車が入らない。

車の入らない路地は、どうも残りやすいようだ。

古い路地にも、家の建て替えはあるものの、季節の花に囲まれた細長い道に皆集まって、新しい春を祝う。

ところでチューリップはトルコで栽培され、ヨーロッパに伝わったらしい。

特にオランダで盛んに栽培され、現在でも大きな産業となっている。

17世紀、18世紀とチューリップ狂時代が起こり、現在の園芸品種の何倍ものチューリップの品種があったというから驚く。

以前、オランダのキューケンホフ公園やアールスメールの花市場を観に出かけた。市場では、日本から検疫官が出向しており、話しをうかがう機会に恵まれた。

世界最大規模の花市場である。

先日たまたまテレビで、キリンビールの花市場をめぐる番組を見たが、キリンは世界屈指の種苗メーカーとなっている。カーネーションやペチュニアでは、世界シェアナンバーワンとか・・・。キリンは当然ここにも進出済み。

新しい苗は開発するまで技術と年数がかかる。

中国ではキリンの苗が無断で増殖され市場に出まわり、育成者権が侵害されているという話しであった。

確信犯は別としても、花や種は、自然界のもの、自由にしてよいと思い込んでいる人も少なくないようだ。恐らく、私達の想像以上の技術革新があるのだが。

市場を支える裏のバイオ技術。

美しい花の裏に、世界を駆け巡る競争がある。

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ツワブキ

06469_26 「キノコ!」

先日、スタッフがつぶやいた。

白山通りの美化緑化活動を、東京都と昨年契約し、今年も契約を更新している。

昨年秋、一葉忌前、一葉の終焉の碑前の植樹帯に、様々な季節を感じられる植物を植栽した。

東京都との正式な契約前であったが、この周辺の白山通りはゴミや駐輪であふれ、歩道には車が乗り入れるなど問題が多かったので、一葉忌前までに、一葉の碑がある周辺だけでも植栽を整えられないかとの申し入れに、気持ちよく対応してくれた東京都であった。

ちなみに、東京都からは助成金はいただいていない。

チャリティー活動などから植栽する苗を購入している。通り沿いの方や近隣の方を中心に嬉しい申し出がある。

一葉忌当日は、スタッフで早朝ゴミ拾いをした。一葉忌の時だけ参加する文京サンは普段は何もしない。

オリンピック前の駐輪やコナカの広告物の改善などは、少し進んだ。

まだまだ商店などによっては、植樹帯の私物化でゴミ捨てを誘発するような状況の所もあり、まあ、徐々に進展させていこうと思っている。

写真のキノコは、キノコではなくて、ツワブキ

昨年秋に何株か植えたのだが、その内の一つが踏まれてしまい、地上部が消えてしまった。

先日、掃除に出かけたところ、小さなかわいらしい産毛の生えたツワブキがニョッキリと出ていた。

こういう発見をする時、未来が可能性に満ちて、なんとも晴れやかな気持ちになる。

生きていたんだね!

ツワブキは、キク科。多年草。

冬でも葉が枯れずにいるので、葉の艶やかな色や形を楽しめる。

秋の深まる頃、黄色い花を咲かせる。

今年の秋が楽しみである。

ツワブキは、フキの葉の形とよく似ているが、別属。

ツワブキは、葉柄はキャラブキとして食べられるし、昔から薬草としても活躍していたと聞く。

とても頼もしい。

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キウリグサ

0646 白山通りの植樹帯の角いっぱいに、キウリグサが咲いている。

(写真の黄色い花のタンポポの周囲)

キウリグサ

ムラサキ科

この植物の葉を揉んで、匂いをかいでみて。キウリの香りがするから。

写真のキウリグサは、茎が伸びているが、この花は、花穂の先の方はくるくると曲がっており、咲き終わるとピンと伸びてくる。

小さな花で、決して目立つ姿ではないので、単なる雑草としか見られない花の一つかもしれない。

春になると、くるくると巻いた愛らしい姿からすっくりと伸びていく様子が、春の時の流れを知らせてくれる、大事な花である。

ところで、この花はタビラコ属。

タビラコとは、春の七草の一つで、ホトケノザ、キク科のことだが、実は、以前、キウリグサを春の七草のタビラコと誤って分類したことがあるという。

それにより、和名をタビラコ属としてしまったそうだ。

都会でもよく見られる、春に赤ムラサキ色の小さな花を付けるホトケノザはシソ科の植物。

春の七草のタビラコはキク科。黄色い可憐な花を付ける。田んぼのあぜ道などによく見られる。都会ではほとんどみられないと思う・・・。

今なら、雑歩庵の居場所前にひっそりとタビラコが・・・。

タビラコ、なんともややっこしい名前である。

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クサノオウ

0644_6 ケシ科 クサノオウ (草の王)

薬草でも知られるこの花は、百薬の長という意味で「草の王」、もしくは茎の汁の色から「草の黄」という説があるようだ。

クサノオウの茎を折ると、黄色い汁が出てくる。そのまま指で触れたりすると、かぶれることもあるからご注意を。

まちの中、人家近くにもよく見られた。

石垣や、駐車場の隅、コンクリートの割れ目など。

今はまちの中で、なかなか見られなくなってしまった。

以前は、千駄木の石垣で春を告げていたが、家の建て替えと共に石垣は消え、クサノオウも消えた。

その先の石垣では、まだひそやかに咲いている。

写真のクサノオウは、自宅の庭である。今年もふさふさに葉を付け、花を開いている。

種子にはアリの好む物質がついているので、アリが運ぶようだ。

スミレも同様である。

王様の王がその名に付いたのに、今は雑草として除草されたり、振り向きもされず、人に知られることの少ない花となってしまった。

ところで、アオダイショウはネズミを捕ってくれるから、農家では大事にされ、「大将」という名まで付いたが、都会では嫌われがちだ。

アオダイショウは、ネズミを餌とするので、ネズミの多い都会では多くなるのは当たり前である。

アオダイショウは毒もないし、その名のごとく、今も大将なのだが、都会で暮らし、自然の営みを感じることすら忘れてしまった人たちには、危険であると忌み嫌われることがある。

文京区役所みどり公園課も、無知なために、アオダイショウのことを知らないようで、困った対応までする・・・。

クサノオウよ、アオダイショウよ。

一人でも多くの人たちに、これからも、当たり前のこと、普通のことを、伝えていこと思う。

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ムラサキケマン

0643_2_ ケシ科 キケマン属

ムラサキケマン  紫華鬘

華鬘は仏殿の欄間などを飾る仏具。

種が出来る頃、指で触れて見ると面白い。ぱーんと見事にタネが弾けていく。その弾け方といったら、かなり強い力なので、思わず指を怪我していないかと見つめてしまう・・・。

このムラサキケマンは清和公園にひっそりと自生している。

毎春、清和公園に咲く。都内ではムラサキケマンは以前はよくその姿が見られたが、すっかり少なくなってしまった。

ムラサキケマン、オドリコソウ、カントウタンポポなど、山野に行かずとも、まちの春を彩る代表であったが。

文京区内で自生が見られるのも、数えるほど・・・。

清和公園の植え込みの隅にひっそりと咲いている。

本郷の石垣で咲いていたムラサキケマンは、マンション建設に消えた。

須藤公園では、個体数が減り、自生し続けるかどうか。

茗荷谷の斜面にも咲くが、今後どうなるか。

本郷給水所公苑にも移植していたが、全面、ササが植栽されてしまったので、今後は見られないだろう。文京区みどり公園課は、とにかく、ササがお好きだ。

本郷界隈に、黄色い花をたくさん付けたタンポポを見つけた。カントウタンポポらしいが、まだわからない。

観察を続けよう。

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シャガ

_2 シャガが咲いた。

場所は白山通りの一葉の終焉の地前のイチョウの植樹帯。

アヤメ科のこの花は、中国からやって来たらしい。

種子を作らないし、球根でもない・・・。

地下茎で繁殖し、陰地でも生息する。

高尾山の斜面地に土が崩れないように大量に植栽されている。少し異様なまでの景観になってしまっており、眺めるたびにシャガの美しさが半減されてしまったような気がする。

常緑の葉を持ち、春には、淡い水色に青いインクのような色を落とした花の姿は、いつも見惚れてしまう。

先日、宮崎へ、公園緑地の関係で出かけていた。

市の大通りの植栽の手入れは行き届いており、近辺の公園緑地にも足を運んだが、その公園事情は別の機会に・・・。

県庁の担当職員の「県民のために、何を残すことが出来るのか」

話を聞きながら、宮崎の桜を堪能した。

神々の国で、考えることは多かった。

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春の小川

06321_3 春の小川・・・

と言いたいところだけれど、ここは暗渠というのだろうか。

橋の面影のあるこの小道が好きだ。

季節折々に、草花が咲く。

派手な園芸植物はないが、この道に自然に芽生える草花と育てているのであろう植物ととてもしっくり溶け合っている。

今は、紫色したハナダイコンが咲き乱れている。

ハナダイコンには、モンシロチョウ、スジグロシロチョウ、キチョウ、ルリシジミ、ハナアブたちが、蜜を吸いにやって来る。

葉や茎は、幼虫たちの大切な拠り所である。

植樹帯や空き地などにも咲いているのをよく見られるだろう。

雑草としてバッサリと刈られてしまうことが多いが、都会に暮す生きものたちの大切な食草のひとつである。

06321_4 オオアラセイトウ属、オオアラセイトウ(別名 ハナダイコン、ショカッサイ)

中国原産で江戸時代に日本にやって来た。

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シロバナタンポポ

Photo_8白い花のタンポポ。

昨日の日中、防犯パトロールに参加していて出会った。

文京区の住宅街の広い空き地に咲いていた。

シロバナタンポポは、以前は西日本を中心によく見られていた。

西では、タンポポの絵を描くと、花の色が白く、東に移ると、タンポポの花の色は黄色になる。

その境はどこであったろうか。

岡山市から広島市までの瀬戸内海沿岸域では、在来種は黄色い花の咲くカンサイタンポポがメジャーである)。岡山市では分布の境界領域にあることから、生育量は少ない。     岡山理科大学

いつしか東でもシロバナタンポポは見られるようになっていった。

しかし、最近では、それもあまり見ることができない・・・。

シロバナタンポポは、葉が立つ傾向にあるらしい。

雑歩庵の事務所前にもシロバナタンポポをプランターで育てているが、やはり他のタンポポより葉が立っている。

実は、事務所前にあるシロバナタンポポも、写真の空き地近くに生息していたシロバナタンポポで、ここに新しくタウンハウスが建つこととなったため、堀り上げて、本郷給水所公苑に移植した。

多くの方がシロバナタンポポを観察していたが、

本郷給水所公苑も行政や一部住民の無知、無理解のため、安住の地ではなく、現在は事務所前のプランターに納まっている次第である。

今は葉をピント立て気味にしていて、まだ花は付けていない。

写真の空き地は、草花が咲き、鳥たちが訪れ、通りがかりの者に潤いを与えている。

いつまで安住の地であろうか。

空き地は、まちにとって、心の空き地、余裕でもあると思っている。

ここが永遠に野原であり続けることは、叶わないだろうが。

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オウバイ

0631112_30 「咲いたね・・・」

うれしそうな笑顔で話していた。

菊坂界隈、いつも植木の手入れを欠かさない男性だ。

今年は開花が例年より遅かったようだ。

この写真の花は八重なので、ウンナンオウバイだろうか。

オウバイモドキとかウンナンソケイなどと呼ばれることもあるそうだ。

枝が滝のごとく流れるように枝垂れ、黄色い花を咲かせている。

近くの高齢者在宅サービスセンターの建物のある凱旋地、今はコンクリートで固められてしまったが、以前はこの斜面に溢れるように、水仙、オウバイが咲いていたそうだ。

やはり近くの花好きの婦人が、「いつもはしごで登って、手入れしたものよ。」と語っていた。

「本当にきれいだった。」と。

その斜面に咲いていた水仙やウンナンオウバイが鉢上げされ、今も花を咲かせてくれている。

枝垂れの黄色い花の中には、エニシダやレンギョウなど、似た花がある。

エニシダは4月頃、レンギョウはその少し後頃か。

石垣など上から溢れ出す様に咲く姿は、春をいっそう眩しくさせる。

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たんぽぽ

0631112_82 茗荷谷の0631112_89 緑のウォークラリーの道に咲くタンポポ。

よく見上げて見ると、外総苞片が内総苞片に沿っている。

もしかすると『カントウタンポポ』かもしれない。

一時、西洋タンポポが日本のタンポポを駆逐しているという話しが世間をにぎわしていた。

実は西洋タンポポは日本のタンポポを駆逐している訳ではない。生息する場所が違うのだ。

近年の大規模な開発を免れた場所に、日本のタンポポは多く生息し、宅地開発されたような場所に西洋タンポポの多くは生息する。

写真のタンポポは、カントウタンポポだろうか?

それはわからない。外総苞片が沿っているからカントウタンポポとは断言できないようだ。

タンポポはもっと複雑な状況となっている。単純な外来種と在来種という種だけでなく、中間種といったタンポポも分かっている。(以前、小川潔教授のタンポポ調査に加わり、調査に協力したことがあるが、別の機会に書こうと思う)

このタンポポが見られた茗荷谷には、東京23区内でも、貴重な野草の自生が見られる場所がある。

しかしすぐ近くに大規模な工事が入り、今年、芽が出るのかどうか確認したい。

茗荷谷には、都会では貴重な野草の生息する場所が残っており、これはみなの共通の財産であると思っている。

この貴重な野草やタンポポのすぐ近くにある、新大塚公園は、緑のウォークラリーの看板に、文京区の代表的な公園と紹介されているが、文京区教育委員会からは、この公園に中学校を新設する素案が出され、多くの区民が驚いている。

まだ素案であり、決定ではない。

代表と紹介されたり、学校を建設するために公園を無くすと素案に出されたりと、文京区政には、長い将来を見据えたビジョンがないようだ。

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沈丁花

0635_42 沈丁花の花が開きはじめた。

事務所付近も、家の玄関脇でも、かわいい花を見せてくれている。

沈丁花の香りにまちが包まれるのももうじき。

花の形が丁子に似ていることから、『沈丁花』という話も。

中国原産で、日本には室町時代に入ってきたとか。

いずれにしても、圧倒するような香り・・・。この香りに、人はどれでだけの思い出を秘めているのだろう。

この香りに気付く度、思い出す記憶にはどんなものがあるのだろう。

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春一番の吹く啓蟄の日は

今日は、例年より遅れて、春一番が吹いた。

啓蟄の日でもある。

周囲では、やっと梅もほころび、本郷の櫻木神社(3月5日春到来)の梅も紅白並んで花開いている。この神社のすぐ近くの交差点そばに、藤村という和菓子屋さんがあり、長い間、休業していたのだが、昨年から再開しているという話しを、ブログで知った。

電話での完全予約らしい。事務所の近くであるのに、インターネットを通して知ったのが、なんだか複雑な気持ちである・・・。

この藤村の羊羹は、夏目漱石のお気に入りであったらしい。

私は以前食べたことがあるが、すっかり味を忘れてしまっている。実は我家ではそれほどの評判ではないのだが、地方の方からも再開の日を尋ねられるほど、人気のある羊羹である。

Photo_6

今日は暖かな日であった。

これからは、むくむくと虫も這い出てくるだろう!

写真は、公園のベンチの下。

公園の土は、踏み固められ、まるで土ではないような状態で草も生えないが、ベンチの下は、草にとっての貴重な居場所であろう。春を告げる草花が大きくなってきている。

雑草と一言で片付けないで、一度眺めてみて欲しい。

小さくともなかなかに愛らしい草花が、季節を知らせてくれている。

以前はどこにでも見られ、価値なんてないかのごとくの扱われようであった雑草も、根を下ろせる場所が少なくなり、気がつけば、都会での自生がほとんど見られなくなったものも、少なくない。

雑草好きな私は、アスファルトの隙間に咲く草花に、見惚れながら歩いている。

最近、アスファルトから顔を出した「だいこん」が話題になったが、「だいこん」ではないと、振り向いてもらえないのが、なんとなく悲しい。

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天空の緑

Photo_5 事務所近くの門の上のシダ植物たち。門からは、梅がほころび始めたのが伺える。

近くの石垣には、春を告げる草花が目立ってきた。

瓦や石垣といった環境には、草花だけでなく、昆虫や鳥なども住処とする。しかし、最近の住宅事情では、これら生きものたちも住処を探すのに苦労するだろう。

この写真のシダ植物は、瓦の間に根を張って生きている。

事務所近くの路地界隈には、所狭しと植木鉢が並べられ、春を知らせようと草花が出番を待っている。見上げると細長い空の下にも、窓辺に鉢の緑が顔を覗かせている。

事務所のあるビルの2階のベランダには、観葉植物が大きく育っており、近くに水のみ場を作っているので、スズメがよく来ている。近くの民家では、実のなる木を育てており、こちらにもヒヨドリやスズメたちがよく来る。

おかげさまで、毎日鳥の鳴き声の中、仕事をしている。

屋上緑化が制度化され、各自治体でも屋上緑化の見本を作っているが、見本とは言いがたいものも多いようだ。残念ながら文京区の屋上緑化も問題が多そうである。

屋上緑化についてとてもわかりやすく紹介しているブログがある。環境問題の視点からもどう考えるべきか参考となる。拝読すると、単に屋上緑化だけでなく、色々な場所で緑化を展開することにおいて可能性が広がりそうだ。

造園業者の「土」から離れられない意識や、行政の不勉強の問題など、屋上緑化の進化を妨げる要因は根深い。

先日、公園マネジメントのフォーラムでも、造園業者の不勉強が取り沙汰されていた。

多様な領域の意見を交わす必要があるのに、相変わらず、多様性を受け入れようとしない土壌が日本にはまだある。異なる領域の人たちが意見や情報交換していかないと、進化はありえない。

価値観は不変ではない。多様性は強みであろう。

今朝、我家の庭に、ウグイスが鳴いていた。まだつたない鳴き声で、これから徐々に、美しい声となっていくのだろう。

たまたま早く目が覚めてウグイスに気がついたのだが、やはり早起きは三文の徳・・・。

北条早雲は「早寝早起きのすすめ」を、『早雲寺殿廿一箇条』(そううんじどのにじゅういちかじょう)に書いている。

私は朝からウグイスの鳴き声を聞いて、なんともさわやかな気持ちになって、また眠ってしまった・・・。

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秘密の花園

_3_1  事務所近くの清和公園の河津桜。

今が見ごろのよう。この桜は、播磨坂でも見られる。河津桜は早咲きの上、花の見ごろが長い。

写真は清和公園、幼児を連れた年配の女性と、菊坂の方、3人がひっそりと桜をながめていた。

私が写真を撮っていると、すれ違うときに必ず会釈するその菊坂の男性は、

「桜が咲いていますね、もうじき公園は桜でいっぱいになるよ・・・」と話しかけてくれた。

今まで、会釈だけであったが、今日は初めておしゃべりした。

河津桜の縁であろう。

河津桜は最近よく耳にする桜。この桜で観光産業も盛んな地もある。

伊豆 河津桜まつり情報局  

今日は、3月3日、雛祭り。

私が子どもの頃を過ごした家の玄関前には、大きな桃の木があった。

毎春、門扉と玄関の空一面に、桃色が広がった。今でも桃の花が空いっぱいに広がっている光景が眼に浮かぶ。桃の色が霞のように家全体を包んでいた。

妹が木に登って、花の中で笑っている写真がある。

妹は、『秘密の花園』(フランシス・ボジソン バーネット著)が子どもの頃の愛読書。(DVDも出ている)

私は以前イギリスの庭園をいろいろ巡ったことがあるが、この本のイメージが常に頭に残っていた。不思議なほどに、気がつくと『秘密の花園』が現れてくる。

お話しの中では、秘密の花園を通して、登場人物がそれぞれに人間らしさを取り戻し、前に向かって生きていこうとする。

実はこのお話しを私は子どもの頃に読んではいない。妹の口からあらすじを聞いていただけであり、成人して、初めて紐解いてみた。そして子どもの頃に読まなかったことに後悔した。なんとなく、くすぐったいようなこの手の本が苦手な小学生の頃であった。

素直に読んでおけばよかったと、後悔先に立たず。未だ読んでいない方、機会があったら・・・。

子どもの頃の庭の桃の木は、叔父が食べた桃の種を庭に投げ、それが芽を出し、成長した木だと父に言われた。

桃の木の葉が隣家の車の上に落ちるので、妹とよく隣まで落ち葉はきに出かけた。隣家のおばさんは、花はきれいだし、桃も食べられるから気にしないで、と言ってくれたのが、子ども心にうれしかったのを覚えている。

私の思い出の花園のひとつである。桃の節句が来る度に思い出す。

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水仙

_2 水仙はヒガンバナ科。

球根には、リコリンを含んでいる。このリコリンは、アルカロイドの一種で、有毒。そのまま齧るなんてしないで欲しい。

腹痛や下痢、時には怖いことにも。

しかし、毒は薬にもなるので、昔から色々と利用されているようだ。

水仙と言うとギリシャ神話のナルキッソス(ナルシス)を思い浮かべる方も多いかと思う。

ナルシスの花の保護への挑戦 スイスへ行ってみたくなる?

ナルシストの謂れには、なかなか深いものがあるようで、人の抱える根源的なテーマがある。日本にも水仙に秘めた話しはあるらしい。

もう少し調べてみよう。

もっとも、水仙はそんなことに囚われることなく、季節を告げてくれている。

高校時代の恩師の家へ、庭の手入れに伺った時の事、庭の隅に水仙の葉が伸びていた。

先生は、「亡くなった家内が植えた水仙が、こんな所にも出てきたけれど、水仙はこんなに移動するのかね・・・。」

そう言って、しゃがんだまま水仙のぴんと伸びた葉を見つめていた。

先生の奥様は詩人でもあり、ペンクラブで長い間、事務をされていた。亡くなられた後に、水仙の花の絵の装丁で詩集が出された。

それぞれに、花には思い出が詰まっている。

写真は事務所前のプランターに咲く水仙。仕事の合間に眺めると、途切れていた感覚が少しばかり蘇るようで、人間に戻った気がする。

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水仙

事務所前のプランターには、水仙の花が咲き、風に揺れている。

まだ蕾のままのものもあり、しばらく楽しめそうだ。

花が終わったら、葉は充分に太陽にあてないと球根が育たない。葉を三つ編みしている水仙を見たことがある。さて、事務所前の水仙はどうしようか・・・。今から考えている。リボンで結ぼうか、う~ん、悩んでいる。

水仙の球根は2、3年ごとに掘り起こさないといけない、と言われたことがあるが、いけない・・・なんてことはない。

そのまま植えたままでも、美しい花を咲かせてくれる。

もちろん、プランターの場合は、土に限りがあるので、ある程度手を加えないとならないだろう。

地植えの場合は、植えたままでも、水仙のもつエネルギーそのものの花が咲く。

園芸の視点では、花の持つエネルギー以上の花を咲かせるようにするために、色々な手入れを加えて、見事な花を開かせるだろう。

手入れ次第で、素敵な花が見られて嬉しいかもしれない。

特に手を加えずとも、植物の本来持っている力で開く花の美しさも、これもまた素晴らしいと思っている。

園芸種は、人の手が入らないと管理が難しいものが多いが、最近、園芸の視点ばかりで植物を考えてしまう方が多いようで、少し複雑な思いのすることが多い。

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おすそわけ

Photo_1 サイネリアの鉢を頂きました。

雑歩庵にいつもモップや足マットの提供をして下さっている、ハサダさん。

ハサダさんが「最近、とてもよいことばかりあるので、うれしくて、買ってきた!」

サイネリアは、事務所前に飾ってある。

うれしさのおすそわけ。

最近、忙しくて疲労気味であったが、スーッと、エネルギーがわいてくるようだった。

私も皆にうれしさのおすそわけをしよう。

出会っていない人にも、一生出会わぬ人にも、出会った人にも、気持ちが伝染していって知らぬ内に伝わっていくとよい・・・・。

今日、長浜であまりに辛い事件があった。

幼児が二人殺された。

中国から日本へ来て、彼女はどんな悩みがあったのか、誰も彼女を助けられなかったのか・・・。彼女を誰も受け入れなかったのだろうか。

まだ事件のことは何もわからない。

長浜はまちづくりで成功したということでよく紹介される。

受け入れることの難しさと、大切さと。

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フユノハナワラビ

0510 シダ? 都会でもよく見かけるよ・・・と言われるかもしれない。

この植物は、ハナヤスリ科、フユノハナワラビ。

昨年10月に、本郷給水所公苑で見つけた時の写真である。

文京に自然を育む会のメンバーが、作業中に発見した。

皆が言った。「こんなところにフユノハナワラビが?」

確かに、縁石の際に、すっくと咲いていた。しかも通路側。

本郷給水所公苑でつくづく感じたのは、縁石際の通路側が好きで、好んでこの場所に咲く草花なんと多いか。

文京区役所みどり公園課は、縁石が見えないと危険だから除草しろと言ってたし、

通路に植物を植えるなとまで言った・・・。

あまりに根拠がなく、しかも植物に関して何も知らないようなので、これにはほとほと困った。小学生レベルの説明をしても、彼らはわからないのだから。

伝えるのは難しい。はじめから聞く態度の無い人達には、別の視点で説明しなければならないだろうが、彼らはそれも受け入れることなどできない。

私達は通路には何も植えていない。草刈の管理を変え、手で刈るようにしたので、園路にまで草地がひろがっていき、春にはニワゼキショウ、スミレ、ネジバナ、夏にはツルボ、ホタルブクロ、その後もキンミズヒキなど草花であふれた。

また、フタリシズカであふれるような公園だった。

病院帰りのおばあさんが、同じく縁石に連なって生えていたクローバーの中から、四葉を見つけて、それは喜んでおられた。

文京区役所から一方的な自主管理の取り消しの文章が届いた直後、

フユノハナワラビは縁石に咲いていた。

私達の管理になったことで、フユノハナワラビが現れたのかどうかはわからない。

この植物は、文京区内では、新江戸側公園、舌春園などで見ることができる。また小石川植物園のシダ園でも見られる。

都市の中の人工の公園で、これほどの多様性に富んだ公園は珍しいと思っている。

今は、フユノハナワラビは無い。縁石のしかも通路側に咲いていたためであろう。

葉も無かったことから、除草されてしまったようだ。

ある植物辞典には、最近は数も少ないのでそのままにしたい植物・・・と紹介している。

また、出会えるだろうか。

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道の水仙

Suisenn 道路の植樹帯に、日本水仙が咲いていた。

通りがかった親子が、水仙を見ながらおしゃべりしていた。

日本水仙は、冬の寒い中、真っ先に花開き始める。

今年は梅の開花が遅いようだが、水仙もやっと花を開いてくれたようだ。

歩きながら思いがけずに季節を感じることが出来るのは、なんとなく嬉しくなる。

水仙の前で、足を止めていた親子は、何をおしゃべりしていたのだろうか。

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福寿草

Photo_6 本日、事務所前の福寿草の花びらが少し開きました・・・。

3つの芽の内の1つですが、ようやく。

この所、ブログもお休み状態でしたが、周辺ではたくさんの生きものの動きが見られます。近くのピラカンサの大木には、毎日スズメやらヒヨドリが食べに来ています。

春を告げる草花のロゼットも成長しています。春が近くなると、忙しくなります。

福寿草はキンポウゲ科の多年草。

福寿草は、少し日が陰ると花びらが閉じたりするようで、花の中の温度を下げないようにしているためとか。

草花もいろいろと工夫して極寒気を過ごしているのですね。

  朝日さす弓師が店や福寿草     蕪村

  妻の座の日向ありけり福寿草    波郷

  福寿草遺産といふは蔵書のみ    虚子

自然教育園でも、福寿草が開花しているようです。

私も、この所のんびりと散策もしていなので、お散歩がてら出かけましょうか。

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福寿草

Photo_5 福寿草   事務所前です。

小石川植物園や芭蕉庵、目黒の自然教育園など、都会でもみることができる。

今後、開花の様子をお知らせしていきましょう。

そういえば、小石川植物園のロウバイ、見に出かけた方はいる?

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